肉割烹『まさ㐂』

肉割烹『まさ㐂』

2010年2月19日金曜日

風景






『この写真の風景を見て、何を思いますか?』

先日、とある場所から撮った広島の街の風景です。
撮影した時間帯も天気も、写真の腕も、全て中途半端で申し訳ありません(笑)。

僕はまず、正直なところ、残念に感じました。比較的、愛県心の強い僕ですが(笑)、決して美しい街並みとは感じず、建物の高さも、色も、何の統一感も感じられません・・。さらにビルの上に乗っかった、メーカーや名称の入った自己主張の強いド派手な看板・・。

ここヒロシマが、戦後の焼け野原の復興から、ここまで大きな街に発展した事、それ事態が奇跡なのかもしれないので、戦争を知らない年代の僕が軽々しくとやかく言う事は出来ないでしょう。さらに、いろいろな解答や価値観があるでしょうから、基本的に何かを否定をするのは好きではありません。
いろいろな時代背景やいろいろなクライアント、さらに後付け後付けでがんじがらめの法規制。どの建物にも決められた敷地があり、満たさなければならないプロジェクトの内容があります。街並みを作る事はそんな簡単な問題では無い。

ですから、こうなるしかなかったのだと思います。それは良く解るんです。

ただ、今こうして眺めてみると、広島の特徴有る河川や地形をもっと活かし、広島独自の大胆な条例を定めて、『水の都』をより身近に感じれる、おもい切った街づくりが出来たのでは無いか?さらに、平和都市として、もっと訴える事の出来る都市に出来たのでは無いか?
・・・ぼんやりとですが、そんな風に、この景色を眺めてしまいました。

いや、当然今からでも出来る事はたくさんありますし、活動され続けている方もたくさんいらっしゃいます(笑)。

建築を建てるという行為は、外部との繋がりを考える事です。外部があると言う事は、外から見えると言う責任と、外部と繋がると言う責任が出てきます。ビルを建てれば、おのずと不特定多数の人の出入りが発生し、住宅でも、家族、友達、お客様、これらの繋がりが生じます。さらに小さい犬小屋だって、庭との繋がりが生じますね(笑)。と言う事は、どんな小さな建築でも公共性があると言えるかもしれません。

これからは、新築であれ、リノベーションであれ、コンバージョンであれ、『外部に対する責任』を、より意識しなければならないと感じました。

街づくりとは、国、市などの行政機関が主となり進めるべきですが、保守的で前例を認めたがらない。
意外と、僕らの生活している自由なストリート文化にこそ、いろんな可能性があるのではと感じています。

事の大小ではなく、『外部に対する責任』そんな小さな意識の一つ一つが、美しく誇れる街を創って行く事に繋がると信じています。

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